自分のためにお金を使えないのはなぜ?お金使えない症候群の正体

あるとき頂いた、一通のメッセージからはじめさせてください。
その方は、出先で少し疲れて、駅前のカフェに入ろうとしたそうです。窓の向こう側に見えている、美味しそうなラテ。値段にして、500円ちょっと。普段、後輩や友人とお茶をするときには、なんのためらいもなく「ここは私が払います」とお伝えしている金額でした。
ところが、その日は自分ひとりだけだったそうです。おもむろに財布を確認した瞬間、その手が止まったといいます。「これ、自分のためにわざわざ払うほどのもの?」「家に帰ればインスタントもあるし」そんな声が次々と湧き上がってきて、結局お店の前で踵を返し、コンビニで珈琲を買って帰った、と。
すると、家に着いてから、なぜかしょんぼりとした気持ちになったそうです。たかが500円。されど500円。「人にはあんなに気前よく出せるのに、どうして自分のためだと、こんなにもお財布のヒモが固まってしまうのだろう」と。
このお話、どこかで身に覚えがあるかもしれません。世間では、これを「お金使えない症候群」と呼ぶ方もいるようです。けれど私は、これを”症状”として診断するよりも、もう少し違う角度から眺めたいと思っているのです。これは意志が弱いせいでも、ケチだからでもなく、お金との『あり方』が少しズレているサインだと、私は捉えているからです。(自分のために気持ちよく使えないまま眠らせたお金も、「生き金」になりそこねているかもしれません。→生き金の使い方)
この記事では、お金モテ®という考え方を10年以上に渡って、お伝えし続けてきたなかでみえてきた、「自分にだけお金を使えなくなる感覚」の正体と、そこから抜け出すための小さな一歩を、できるだけ噛み砕いてお話ししていきます。
先に結論をお伝えします
自分のためにお金を使えないのは、意志が弱いからでも、ケチだからでもありません。原因は、自分に使うことへの罪悪感です。そしてその背景には、”減ってしまう”ことへの怖さがあります。どちらもお金の量の問題ではなく、お金との関わり方が少しズレているサインです。だから、増やすより先にできることがあります。それが、お金への体温を取り戻すことなのです。
自分のためにお金を使えない人に共通する、見えない”我慢の順位表”
カフェでのラテだけではありません。趣味の道具、行きたかった旅行、定期的な美容院やマッサージなどの、いわゆる「自分メンテ」の支出に、ことごとくブレーキがかかってしまう。これも、自分のためにお金を使えない方が共通して抱えているお悩みです。
「家族のため、特に子どもの習い事代ならすぐに出せる」「仕事のためなら、スキルアップの講座にも申し込める」「お世話になった方へのお礼なら、気前よく払える」。それなのに、自分のためだけの趣味や時間には、なぜかお金を出すのが申し訳なくなる。気がつくと、毎月の支出の優先順位が、こんな並びになっている方が少なくないのです。
- 1位:生活を回すための支出(家賃・光熱費・食費など)
- 2位:家族のための支出
- 3位:仕事・自己投資のための支出
- 4位:人つきあいのための支出
- 最下位:自分が”ただ楽しいから”のために使うお金
私はこれを、心の中で”我慢の順位表”と呼んでいます。上から順に許可がおりていって、自分のためだけの支出が、いつまで経っても順番が回ってこない。そんな仕組みです。
ここで、お金モテ®の『お金の4つの窓』という見方がヒントになります。お金の使い方は、大きく分けて4つの象限に整理できます。そのうち、自分のためにお金を使えない方が無意識にバランスを崩してしまうのが、D『必要経費』とB『自己満足』の2つなのです。

D『必要経費』は、生活を回すために”出さざるを得ない”と思い込みがちな支出です。家賃や光熱費、食費などです。一方のB『自己満足』は、自分の体温(エネルギー)が上がるような、自分のために選んで使う支出。お気に入りのラテや素敵なレストランでのランチ、好きな作家さんの新刊、行ってみたかった旅先への費用や、ずっと泊まってみたかった素敵なホテルの宿泊費などなど。
絶対に必要なわけではないけれど、そうしたお金の使い方をすると、心がほっと喜ぶ類のものです。自分のためにお金を使えない方は、たいていD領域ばかりが膨らんでいて、B領域がほぼゼロという、アンバランスな状態になっています。
抜け出す実践の核は、たったひとつ。シンプルに「D必要経費 → B自己満足」へとお金の使い方をシフトすること。Bのお金は、我慢の順位表の最下位から捻り出すものではありません。Dのなかで「動かせない」と決めていた出費をひとつ見直せば、そのぶんがBに回せます。順位を上げるのではなく、原資をつくるということです。胸に手を当てて確かめてほしいのは、「この出費で、自分の内側が軽くなって、心も体も温まる感じがあるかどうか」その感覚があるほうを、少しずつ丁寧に選んでいく。それだけでOKなのです。
誤解のないように補足すると、これは「贅沢三昧をしましょう」という話ではありません。500円のラテ、1,500円の書籍代、2,000円のご褒美ランチ代。それくらいで十分です。ささやかに、何度も積み重ねることに価値があります。小さな成功体験を重ねることで、「自分にもお金を使ってもいいんだ」という許可が、潜在意識レベルで少しずつおりていくからです。順位表の最下位にいた支出を、いきなり1位に持ってこなくても大丈夫。Dの見直しで浮いたぶんを少しずつBへ回していくだけで、お金との関係は確実に変わっていくので大丈夫です。
自分のためにお金を使えないかどうか、セルフチェック
“我慢の順位表”は、頭で考えて作ったものではなくて、気がついたら、そうなっていたはずです。だからこそ、まずはご自身の今の状態を、外から眺めてみることからはじめてみましょう。次の8つを、ひとつずつ読んでみてください。
- 自分ひとりのときだけ、値段を二度見してしまう
- 人へのプレゼントは即決できるのに、自分のものは悩んでしまう
- 「まだ使える」と言い聞かせて、買い替えを先延ばしにしている
- 趣味や旅行の予定は、家族と仕事の予定がすべて片づいてからだと考えている
- 自分に使ったあと、楽しさより先に「使ってしまった」が浮かぶ
- 「何が欲しい?」と聞かれても、すぐには答えが出てこない
- 安いほうを選んだのに、なぜか気分が晴れない
- 残高が減ること自体に、正体不明の不安を感じる
3つ以上当てはまった方は、お金の使い方の問題ではなく、お金との関係が冷えているのかもしれません。
3つというのはあくまで目安ですので、当てはまった数の多さで一喜一憂する必要はありません。これは優劣を測るものではなく、今のご自身の状態を知るためのものですので。
そのうえで、当てはまる理由を分けて考えてみます。前半の項目に多く当てはまった方は、自分に使うことへの罪悪感が強い状態です。一方、最後の2つに当てはまった方は、罪悪感というよりお金が減っていくことへの怖さのほうが勝っています。同じ「使えない」でも、この2つは出どころが違います。
減ることへの怖さは、将来への不安と地続きです。「この先、何があるかわからないから」と考えるほど、手元のお金は動かせなくなります。ただ、その不安は貯めた金額では埋まりません。金額で安心を買おうとするかぎり、いくら貯まっても「まだ足りない」がついてくるからです。(この不安そのものについてはお金の不安が消えないのはなぜかでお伝えしています)
罪悪感のほうが強かった方は、その出どころをたどると、育った家庭のなかで受け取ったお金観にたどりつくことが少なくありません。(この点はお金を使う罪悪感と親のお金観で詳しくお話ししています)
当てはまったのは、罪悪感でしょうか?
それとも、減ることへの怖さでしょうか?
同じ500円なのに、相手のためなら軽くて、自分のためなら重い──その差はどこから?
カフェでのラテの話に、もう一度戻ってみましょう。
その方は、後輩や友人にはためらいなくご馳走できる方です。プレゼントを選ぶときも、相手が喜んでくれそうなら、予算を少し超えてでも「えいっ」と決められる。それなのに、自分の番になると、ぴたりと手が止まる。同じ500円なのに、相手のためなら軽やかで、自分のためだとなぜか重たい。この軽さと重さの差は、いったい何が生んでいるのでしょうか?
背景には、目には見えないけれど、確かにあると私が感じてきた法則があります。それが「自分は、それを受け取っていい存在だと心の底から思えているか」という、『あり方』の問題なのです。人は、自分の中にある「受け取っていい量」のモノサシを超えようとした瞬間、無意識にブレーキを踏みます(この受け取れる量の上限そのものについては、お金の器のほうでお話ししています)。そしてこのモノサシは、たいてい他人に対してよりも、自分に対しての方がより厳しく設定されていることが多い印象です。
「他人を喜ばせる支出はOK。でも、自分が喜ぶための支出は、ちょっと贅沢かもしれない」
この異なる2つの基準が、心の奥に根を張っている。だから、相手のためなら奮発できるのに、自分の番だと財布が固まってしまうのです。
とはいえ、人に気前よく使えること自体は、とても素敵なことです。問題は、そのバランスが、自分の側だけ極端になってしまっていること。お金モテ®の言葉でいえば、お金モテの4ステップの最初の『満たす』が、すっぽり抜け落ちている状態だと言えます。満たされていないコップから注ぎ続けると、相手のコップは満たせても、自分のコップは空っぽのまま。やがて「与えること」自体が、苦しくなっていくことになります。

買った後にやってくる『重たさ』の正体──罪悪感がお金の流れを止めている
もうひとつ、よくお聞きするお声があります。「思い切って自分のために贅沢をした。欲しかったバッグを買った。そのときは嬉しかったはずなのに、家に帰ってレシートを見たら、急にズーンと重たい気持ちになって、楽しさが半減してしまった」
買う前に迷いに迷い、買った瞬間だけ少し心弾んで、その後すぐに「やっぱり高すぎたかも…」と後悔の念が押し寄せてくる。自分のためにお金を使えない方が、何度も体験しやすい典型的なパターンです。
この”重たさ”の正体は、ひとことで言えば「罪悪感」です。お金を使うこと、自分を満たすことに対して、心のどこかが「申し訳ない」と感じている状態。罪悪感は、お金の流れを止めてしまう大きな要因のひとつです。罪悪感を抱えたまま使ったお金は、後ろめたさが残るため、次の支出のときに、ますます身体もこわばってしまうのです。
この罪悪感の根底にあるのは、多くのケースで、ずっと昔に身につけた「お金との向き合い方」にまでさかのぼります。そこを掘り下げていくと、それだけで一本の記事になるほど奥行きのあるテーマですので、詳しくは別記事「お金を使う罪悪感はなぜ消えないのか」のほうで丁寧にお話ししています。よろしければ、あわせて読んでみてください。
本記事では、「罪悪感が、お金の流れを止めている」という事実だけ、まず受け取っていただければ十分です。使えないのは、意志の弱さではなく、お金との関係が”冷えている”というシグナル。この見方ができるだけでも、自分を責める回数が少しずつ減っていきますので。
冷たいお金と温かいお金──通帳の数字に「血が通う」瞬間とは
お金モテ®の中核にある考え方を、改めてお伝えさせてください。お金には、大きく2つの顔があります。
ひとつは『冷たいお金』。「信用」から生まれてくるお金。給料、貯金、家賃、資産額などの数字でしっかり管理できる、目に見えるお金です。この土台がしっかりしているからこそ、人は安心して前に踏み出せますし、大切な人を守る余力も持つことができます。
その対になるのが『温かいお金』。「信頼」をベースにしたお金で、一般的には信頼残高と呼ばれるお金です。目に見えず数値化もされないので、通帳にはなく、非言語のお金だと言えます。
この温かいお金の残高が多い方ほど、人とのご縁に恵まれ、良好な人間関係のなか、喜ばれ感謝されながら、心の底から好きなお仕事を続けていらっしゃいます。「人を通じて」お金が巡ってくる、その通り道になるのがこの温かいお金なのです。2つはお金の裏表で、どちらか一方が正解ということはなく、両輪そろってはじめて、バランスのいいお金との関係が築けるようになるのです。

自分のためにお金を使えない方は、たいてい冷たいお金に偏っていることが多く、温かいお金に意識が向かず不足気味な傾向にあります。確かに銀行口座残高の数字を増やしたり、守ることは得意です。家計簿もきっちりつけている方が多い。でも、その数字に血が通っていない感覚がずっとある。守るために抱え込んでいるだけで、自らの意志で巡らせている実感が持てないでいる方がとても多いのです。
では、口座の数字に『血が通う』のは、どんなときなのでしょうか?それは自分が「ああ、嬉しいな」「ありがたいな」と心から感じながら、お金を使ったときです。例えば、ずっと応援してきた作家さんの新作を「待ってました!」と買うとき。お世話になった方へ、心を込めて贈り物を選ぶとき。そして、ここが特に大事なところなのですが、自分自身に「今週はよく頑張ったね」と、お気に入りのラテを一杯差し出すとき。
このとき、お金は単なる数字ではなく、感謝や喜びを乗せた『温度を感じられる何か』に変わります。冷たいお金が、温かいお金へと姿を変える瞬間です。温かいお金として動き出したお金は、不思議なことに、また別のかたちで自分のところへ戻ってくる流れに乗っていきます。お金モテ®でいう『お金にモテる』と言うのは、お金を追いかけて必死になって稼ぐことではなく、自分自身のあり方を調えた結果、人が集まり、その人たちを通じてお金が自然とやってくる状態のこと。その第一歩となるのが、お金の使い方に体温を通わせることなのです。
お金の体温を上げる、今日からの小さなあり方シフト
では、お金の使い方へ体温を取り戻すために、今日からできる方法をご紹介します。大きく動こうとすると、罪悪感のブレーキが強く反応して長続きしません。合言葉は「小さく何度も繰り返そう」です。
1つ目は、「自分のためのワンコイン枠」を毎日の支出に組み込むこと。1日500円、難しければ300円でも構いません。「これは、自分の体温が上がるためだけに使う」と決めた、小さなお財布を心の中に持っておくイメージです。買うときには「ありがとう」「嬉しいな」と、心の中でひとこと添えるとより効果的です。大切なのは金額の大きさではなく、「自分のために、自分が選んで使った」という体験を積み重ねることができているかどうか、です。
2つ目は、買った後の”重たさ”を感じても、すぐに自分を責めないこと。「ああ、また罪悪感が出てきたな」「これは、お金の使い方が冷えているサインだな」と、ただ眺めるだけでOKです。罪悪感は、追い払おうとするほどしぶとく居座ります。でも、観察するだけにとどめると、不思議と少しずつ薄れていきます。消し去ろう、なくそうとする作業ではなくて、距離の取り方を調整する練習だととらえると、続けやすいのでオススメです。
3つ目は、「人にしてあげていることを、自分にもしてあげる」と決めること。頑張っている友人がしょんぼりした顔をしていたら、あなたはどうしますか? きっと「ちょっと甘いものでも食べに行こうよ」「今日は私が出すからさ」と、温かい気持ちを差し出すはずです。そのときと同じ温かさを、自分にも向けてあげる。「今日はよく頑張ったね、ラテをご馳走するよ」と。最初は自分で自分に言うのが照れくさいかもしれませんが、習慣になると、自分への信頼感が高まっていくのを感じられますので。
とはいえ、いきなり全部を完璧にやろうとしなくても大丈夫です。3つのうちピンと来たものを1つだけ、まずは3日間。それくらいのゆるさで十分です。お金モテ®の歩みは、いつも「小さく、ゆっくり、でも着実に」が基本なのですから。
昔の私は、お金を「追いかけて稼ぐもの」「量を増やすもの」「使わずに貯めるもの」だと思い込んでいました。さらに、欲望の赴くまま、株とFXで1,000万円超を失った経験もあります。あの頃の私の銀行口座の数字には、おそらく一円も温かいお金は存在しませんでした。ただ数字としてのお金そのものを追いかけて、握りしめて、減ることに怯えていただけ。そこから少しずつ、お金に体温を取り戻す旅を続けて、もう10年以上が経ちます。最も大きかった気づきは、「自分に気持ちよくお金を使えるようになることが、お金との関係をよりよくしていく、最初の一歩だった」ということでした。
(かつての私のように”握りしめて、減るのが怖い”という状態から、どう手をほどいていくかは、お金の執着の手放し方の記事で詳しくお伝えしています。)
自分に使えない理由は、お金の量?それとも、お金への『あり方』?
よくいただくご質問──”お金使えない症候群”は病気?治し方は?
これは病気なのでしょうか?
私は医療の専門家ではありませんので分かりません。ただ、ここまでお話ししてきた「自分にだけ使えない」という感覚は、多くの場合、お金との関係が冷えているサインとして現れます。そのうえで、日常生活に支障が出るほど辛い場合や、気分の落ち込みが続く場合は、ひとりで抱えず専門家に相談されることをオススメします。
治し方はありますか?
「治す」という言葉を、ここでは使わずにおきたいのです。壊れているものを直すのではなく、冷えているものを温め直す。そういう順番だと考えているからです。具体的には、金額の大きな買い物から始めるのではなく、500円のラテのような、小さくて後戻りできる支出から試していきます。自分にお金を使うことのできた回数を増やして、それを日々確認することのほうが、決意を固めるよりも確実です。
節約とは、どう違うのでしょうか?
節約は、自分で選んでいます。使わないことを選べているなら、それはご自身の意思ですから、何の問題もありません。一方でここでお話ししているのは、選べない状態のことです。本当は欲しいのに、手が止まってしまう。使ったあとに重たさが残る。この違いは、使ったあとの気分に出ます。
買ったあと、また罪悪感が出てきてしまいます
そういうときは、買う前ではなく買ったあとに目を向けてみてください。自分のために使った支出を、その日の終わりに3つだけ思い返します。そして「体温が上がったのか、それとも下がったのか」だけを見てみるのです。金額の大小ではなく、温度の変化で見る。これを続けていくと、ご自身にとって温かい支出の輪郭が、だんだんとハッキリしてきますので。罪悪感は、我慢して抑え込むものではなく、こうして事実で上書きしていくものなのです。
あなたの財布が、もう一度ぬくもりを思い出す日へ
カフェの前で踵を返した、あの方のお話に、もう一度戻ります。
後日、その方からまたメッセージをいただきました。「次にカフェの前を通ったとき、思い切ってラテを頼んでみたのです」と。注文するときは、まだ少し心臓がドキドキしたそうです。席に着いて、ラテを両手で包んだとき、ふいに涙が出そうになった、と書かれていました。「ああ、私はずっと自分を後回しにしてきたんだな」と気づかれたそうです。後輩や友人には、いくらでも差し出せた優しさを、自分にだけは、長いあいだ差し出してこなかった。たった一杯のラテが、それを教えてくれたんだ、と。
「自分にお金を使えない」という感覚は、決してあなたの意志が弱いせいではありません。お金との関係が、ほんの少しだけ冷えてしまっているサインにすぎないのです。冷えているのなら、温め直せばいい。誰かに責められて急ぐ必要も、誰かと比べて慌てる必要もありません。
今日、自分に一杯のラテを差し出すこと。たったそれだけの小さな行為が、長いあいだ止まっていたお金が循環する流れに、もう一度ぬくもりを通わせてくれます。500円のラテに、500円以上の温度を乗せてありがたく頂くこと。それが、お金モテへのはじまりなのです。温度を覚えたお財布は、不思議と人を惹きつけるようになっていきます。お金は、追いかけてくる人よりも、お金との関係を改善すべく、自分自身のあり方を見つめ直す人の近くに、自ずと近づいてくるものだからです。
あなたのお財布が、もう一度ぬくもりを思い出す日は、特別な日にやってくるのではありません。今日、あなたがご自身のために選んだ、たったひとつの小さな贅沢の中に、もうその芽吹きは始まっているのです。
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