貯金できない人ほど幸せになれる理由とは?

お金は稼ぐものじゃなくモテるもの。
ともたけ@お金モテstyleです。

私のメインテーマは
お金そのものなので

これまで貯金に関しても
歴史を紐解くことでいろいろな
気づきを手にしてきました。

そのなかでも特に
貯金と日本人の関係ほど
面白いものはないな〜と
感じているのです。

というのも歴史を紐解けば

貯金をする人=戦争に加担する人

という方程式が過去に歴然と
存在していたからです。

実は日本人が貯金をはじめたのは

よく言われるような

日本人は元々貯金好きだから

とか

文化的に貯金を美徳とする
国民性だから

とかではないんです。

その証拠にもし貯金が
日本人特有の文化なのであれば

「江戸っ子は宵越しの金は持たぬ」

みたいな言葉が生まれてくる
はずがないと思いませんか?

それを裏付けるように
きちんと歴史を振り返っていくと

貯金という言葉が浸透しはじめたのは

日本が大東亜戦争(第二次世界大戦)
に突入していった

昭和10年代(1930年代後半)
だったということが分かるのです。

今でも

貯金(ちょきん)=ゆうちょ銀行

預金(よきん)=その他の金融機関

という風に言葉そのものが明確に
区別されていることからも分かるように

貯金という言葉が普及したのは
当時、戦争に明け暮れていた政府が

湯水のように出ていく戦費の調達に
困ってしまっていたことが
背景にありました。

そして、なんとかして
戦費を調達するために

昭和16年(1941年)に
国民貯蓄組合法という法律を作り

「家は焼けても貯金は焼けぬ」

というキャッチコピーで国民を煽って
半ば強制的に貯金をするように仕向けることで

貯金=いいことだ

という価値観を刷り込んでいった
という歴史的事実があるのです。

そうして集められた国民のお金が
当時の戦争のためのお金として
使われていったんですね。

つまり、貯金という言葉の裏には

戦争で人を殺すためのお金だった

という歴史的な事実が
隠れているというわけなんですね。

それが戦争が終わって
70年以上経過した今でも

貯金=いいこと(美徳)

という価値観だけがなんとなく残り
今でも迷信として信じられているだけ
のことなんです。

でも、歴史を振り返ると

貯金=いいこと(美徳)

という刷り込みは

当時、戦争に明け暮れていた
政府の都合で作られただけの

ファンタジー(虚構)

でしかないということが
よく分かるのです。

貯金を客観視すると
過去から今までコツコツと
積み上げてきた結果に過ぎず

その結果が数字(金額)として
分かりやすく見えるというだけのこと。

その数字が増えていくことそのものに
快感を覚える人も少なくないようなのですが

でも、そうしたあり方こそが
未来ではなく過去に生きてしまって
いるように思えてならないのです。

私にとって過度な貯金は
違和感でしかありません。

もちろん、未来を見据えて

具体的に使う時期と使用目的が
明確になっているお金を準備するために

計画的に貯めようとすることは
何も悪いことではありませんし
むしろすべきことだと思います。

でも、それ以外の

なんとなく将来が不安だから・・・

とか

みんなが貯金しているから・・・

とか

貯金が多いほうが安心できるから・・・

とか

貯金が多いほうが偉いように感じるから・・・

みたいな使う目的のない
曖昧な理由で貯めたお金ほど

人としてのあり方を淀ませ
人生を迷宮入りさせる
”死に金”はないと思うのです。

だから貯金ができないからといって
過度に悩む必要はないんですよ。

使う時期や目的が
明確でない貯金は

”死に金”そのもの

であり

70年以上には戦争で人を殺すための

今では

未来の可能性を消す(=殺す)ための

お金でしかないのですから。

この感覚のある人ほど
貯金は必要最小限に留め

できるだけ自分の未来のため学びや
今しかできない経験のために使う習慣が
身についています。

実際に私は今でも手にしたお金の半分以上は
常に自己投資に使い続けていますしね。

逆に、これまで私が出会ってきた

貯金=いいもの

という70年以上前に創られた
ファンタジーを盲目的に信じている人ほど

お金の使い方が決して上手ではなく
むしろ浪費する傾向にありましたし

自分を成長させるための学びに
お金を出し惜しむ傾向にあり

わかりやすい数字
(例えば資産額とか年収とか)
で人を判断し序列化する傾向にありました。

こうした傾向を観るだけでも

お金の流れが止まり
淀んでしまっていて
いまにも臭ってきそうな

貯金を抱え込んでいる人

が、どれほどまでに
未来の可能性を捨ててしまっているのか
がハッキリと見えてくるのです。

よく言われるように
お金はエネルギーの一種です。

天才物理学者のシュレーディンガーが

「人間は負のエントロピーを食べて生きている」

という表現で人間の本質を見抜いたように

入ってくるものと出て行くものとのバランスを
上手く取っていくことではじめて
人間らしくあることができるのです。

エネルギーの視点から
お金の流れを見つめ

出ていくお金と入ってくるお金の
バランスを上手く保てたときにはじめて

お金と対等に付き合うことが
できるようになっていって

それが結果的に人間らしく
自分らしく生きることへと
繋がっていくのです。

これこそが、自然とお金にモテるあり方の
基本的なプリンシプル(原理原則)なんですね。

そのプリンシプルに反して
できるだけたくさんお金が
入ってくることを望む一方で

お金が出ていくのを
故意に止めようとする
過度な貯金は

高級ホテルのビュッフェで
できるだけ損しないようにと
お腹いっぱい暴飲暴食して

でも、トイレには決して行かず
その結果、腹痛で病院に運び込まれて
しまった人のようなもの。

だからお金の流れを意図的に
止めてしまったり、淀ませてしまう人ほど

どんなにたくさんの
土地や不動産を持っていても

どんなにたくさんの
お金を持っていたとしても

自分らしく生きている実感の持てない
不遇な人生を送ることに
なってしまうのです。

なぜなら、そうしたエネルギーとしてのお金を
循環しようとする意思のない人の周りには

”金の切れ目が縁の切れ目な”

その人よりもその人の持っている
分かりやすいラベルとしての

お金、資産、地位、実績、肩書、立場、学歴

のようなものにしか
興味のない人ばかりが
次々と集まってくるからです。

でも、誰でも知っているように
人生における最高の喜びというのは

信頼できる気持ちのいい人間関係を
通じてしか生まれてこないもの。

関わっている人

付き合っている人

供に人生を歩む人

こうした人の要素を無視して
どんなにお金を血眼になって
追いかけたとしても

望む人生が手に入ることは
絶対にありえないのです。

お金に目が向きがちな時ほど

お金モテの第二法則の

『人ファースト、お金セカンド』

に立ち返ること。

人の要素を無視したまま
お金だけを求めても

幸せを手にすることは
絶対に出来ないのですから。

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