他人の目が気になるお金の使い方|『道徳感情論』が教える『あり方』

ずっと買いたかったものを手に入れた。少しだけ贅沢もした。それなのに、支払いを終えた瞬間、胸のあたりがギュッとなって、なんとも言えない後ろめたさが残ってしまう。こうした感覚を覚えたご経験はありませんか?
いわゆる、お金を使うたびに湧いてくる罪悪感という名の違和感です。私は10年以上、お金モテ®という考え方をお伝えし続けてきましたが、最も多いご相談のひとつが、まさにこれなのです。「自分で稼いだお金なのに、なぜか使うときにざわざわします」「自分のためにお金を使おうとすると、申し訳ないという言葉が出てきます」こう打ち明けてくださる方が、少なくないのです。
結論を先にお伝えすると、その罪悪感の正体は、あなたの意志の弱さでも、金銭感覚のズレでもないのです。それは、あなたのなかにいる『胸中の公平な観察者』としてもう一人のあなたからのお手紙のようなものなのです。そのお手紙の読み方さえわかれば、罪悪感はあなたの敵ではなく、味方に変わっていくことになります。
まず自己診断:あなたの『お金の罪悪感』はどのタイプ?〜『他人の目軸×お金の温度軸』2軸4タイプ
ひと口に罪悪感といっても、その表れ方はひとつではありません。それは誰の視線を気にした結果、生まれてきているのでしょうか?そして、お金と認識しているお金は「信用」から生まれてきたお金なのか、それとも「信頼」から生まれてきたお金なのか?この二つの軸で見つめ直していくことで、罪悪感の正体がハッキリと見えるようなっていきます。
それでは、次の2軸4タイプで、あなたの罪悪感の出所を探してみましょう。
- 横軸=他人の目軸:世間迎合(世間の評価を優先してしまう)⇔胸中の観察者(自分のなかの公平な観察者をちゃんと持つことができている)
- 縦軸=お金の温度軸:冷たいお金(数字で管理できる「信用」から生まれるお金)⇔温かいお金(数値化できない「信頼」から生まれるお金=『信頼残高』)
そこから浮かび上がる4タイプは、以下のとおり。
- タイプA=世間迎合×冷たいお金:親のお金観の影響を受けて、気づかないうちに罪悪感を抱えてしまっている方
- タイプB=世間迎合×温かいお金:温かいお金の使い方はできているのに、世間の目に振り回されて、いつも揺れてしまう方
- タイプC=胸中の観察者×冷たいお金:数字はきちんと管理できているのに、なぜか違和感が残り続けている方
- タイプD=胸中の観察者×温かいお金:お金を使うほど巡ってくる感覚があって、自然体でお金を使うことのできている方
もちろん、人は必ずどれかの1タイプだけにピッタリと収まるような存在ではありません。誰のなかにも4つのタイプが同居していて、そのときどきで表に出ている顔が違うというケースが多いもの。ですので、「今の自分は、どのタイプが強く出ているかな?」と、地図を眺めるように読み進めていただければ、今のあなたに必要な手がかりが、きっと見えてくることでしょう。

なぜ他人の目が気になると罪悪感が湧くのか〜アダム・スミス『道徳感情論』の”胸中の公平な観察者”
4タイプを一つずつ見ていく前に、罪悪感そのものの正体を、200年以上前の名著から解剖してみたいと思います。手がかりになるのは、近代経済学の父と呼ばれるアダム・スミスが、『見えざる手』で有名な『国富論』(1776年)よりも前に著した『道徳感情論』(1759年)です(邦訳は高哲男訳・講談社学術文庫・2013年など。700ページを超える大著ですが、ここでお伝えするのはその中心にある考え方ひとつだけですので、ご安心ください)。
「経済のまえに、まず倫理という土台がある」。スミスはそう考えていた人です。渋沢栄一の『論語と算盤』や、二宮尊徳のものと伝えられる「道徳なき経済は犯罪」という言葉と、同じ源流に立つ思想と言えるでしょう。
スミスは、人間には土台として『共感(sympathy=相手の立場に自分を置いて、感情を感じ取る力)』が備わっていると書いています。他人の運・不運を見て、まるで自分ごとのように感じてしまう、あの心の動きです。そしてこの共感の延長線上に、彼はもう一人の自分を置きました。それが『胸中の公平な観察者』です。利害関係を持たず、あなたの行いをフラットな視点から見つめている、心のなかの裁判官のような存在なのです。
スミスによれば、私たちの心のなかでは常に、裁判の二審制のようなやりとりが起きているといいます。第一審は「世間」、つまり世間の人々はあなたをどう見るのか。そして第二審は『胸中の公平な観察者』、つまり利害関係のない、あなた自身のなかにいる裁き手です。世間の評価が的外れなときには、第二審に控訴して、最終的な判断を仰ぐというわけです。
この視点から罪悪感を眺めなおしてみると、じつはお金を使ったときに湧く後ろめたさは、あなたを罰するために鳴っているアラームではないことが分かります。理由は、その罪悪感の多くが、『胸中の公平な観察者』からの「そのお金の使い方は、あなたが本当に大事にしている価値観に沿ったものですか?」という、控えめな問いかけになっているからです。手紙の差出人は世間ではなく、あなた自身のなかに静かに佇む、もうひとりの自分なのです。
すべての土台となる「冷たいお金」と「温かいお金」
4タイプを読み解くカギは、縦軸に置いた『お金の温度』にあります。少し寄り道に見えるかもしれませんが、ここを押さえておくと、このあとのA〜Dの違いが腑に落ちやすくなりますので、先にお伝えさせてください。
お金には、性質の違う2つの顔があります。
ひとつが『冷たいお金』。銀行口座残高や給料、資産のように、数字で管理できる「信用」から生まれるお金です。暮らしを守ってくれる大切な『土台』であり、冷たいと言っても、悪者ではありません。
もうひとつが『温かいお金』。「ありがとう」の気持ちや人とのつながりから生まれる、数値化できないお金です。いわゆる『信頼残高』と呼ばれるもので、誰かに喜ばれ、感謝が積み重なった結果として、貯まっていくお金のことです。
大事なのは、どちらが良い悪いではなく、この2つの側面がコインの裏表のように、同時に存在しているということ。お金を使うときの罪悪感は、多くのケースで、この2つのお金のバランスが崩れたところで湧いてくるのです。このことを踏まえて、ここからいよいよ4タイプをそれぞれ、順に見ていくことにしましょう。

タイプA『世間迎合×冷たいお金』〜親のお金観をコピーした”気づかぬ罪悪感”の正体
タイプAの方に共通するのは、「これが普通じゃないですか」「みんなそうしているし」という言葉が、口ぐせのように出てくることです。お金は数字でしっかりと管理し、無駄遣いはしないように心がけている。そして、世間から後ろ指を指されない範囲内で、生活を回していく。こう聞くと、実にまっとうな方に見えるかもしれません。
ですが、このタイプの方こそ、自分でも気づかないうちに罪悪感を抱え込んでいる方が少なくないのです。理由は、その”まっとうさ”の中身が、自分で選んだものではなくて、子どもの頃に親から受け取った「お金観」をそのままコピーしただけの状態になっていることが多いからです。
幼い日々を、少しだけ思い返してみてください。子どもの頃、欲しい物をねだったら、親が困った顔をした。贅沢な話をすると、家の空気が急に重くなった。「お金は苦労して我慢して、やっと手にするもの」といったメッセージを、何百回と浴びて育ってきた。こうした場面を繰り返しながら大人になった人は、お金を使う場面で、無意識のブレーキが作動しやすくなります。お金を使うこと=よくないこと、心が弾むこと=申し訳ないこと、といった連想が、記憶として残っているからです。
厄介なのは、この罪悪感が「自分のものではないのに、自分のもののように感じられる」という点です。実際にあなたを責めているのは、あなた自身ではなく、いつの間にか刷り込まれていた”親の声”であることがとても多いのです。このことに気づけると、「これは自分の感情ではなくて、親の反応だったのか」と、罪悪感との距離を上手く取れるようになっていきます。

タイプB『世間迎合×温かいお金』〜他人の目で揺れる”承認欲求型”の落とし穴
タイプBの方は、実は『温かいお金』の使い方を、感覚としてちゃんと分かっている方が多い印象です。人へのプレゼント、感謝を伝える食事会、応援したい仲間への資金援助。こうした、お金を通じて『信頼残高』を積み上げていく使い方が自然にできる。優しくて、面倒見のよい方が多いタイプでもあります。
ただし、このタイプにはこのタイプならではの落とし穴が待っています。それは、温かい使い方をしたあとになって、「今のは見栄だったのかも」「本当は良く思われたかっただけかもしれない」と、自分の動機を疑いやすいこと。せっかく相手のために使ったお金が、支払ったあと、心の中でじわじわと”後悔”へと姿を変えていってしまう。
これはなぜでしょうか?アダム・スミスの言葉を借りるなら、心のなかの裁判が「第一審=世間」で止まってしまっているからです。「あの人にどう見られたのか」「ケチだと思われなかったか」「逆に、見栄っ張りだと思われなかったか」。こうした世間の視線が、せっかくの温かい行為に自信を持てなくさせてしまうのです。
とはいえ、「あの人からいい人と思われたい」という気持ち自体は、決して悪いものではありません。人間なら誰もが持つ、自然な気持ちのひとつでしょう。ただ、そこで留まらずに「今のお金の使い方を、私の『胸中の観察者』は納得しているのだろうか?」と、問い直せるようになると、揺れは少しずつ収まっていきます。第一審だけで終わらせずに、第二審まで持ち込む意識を持つこと。これができるようになれば、タイプBの温かさは、盤石なものへと育っていくことでしょう。
タイプC『胸中の観察者×冷たいお金』〜数字は積みあがっているのに”違和感”がぬぐえない
タイプCの方は、他人の目にはあまり振り回されません。自分のなかの『ものさし』を、それなりに持てている方だからです。数字の管理も堅実で、銀行口座残高や資産という「信用」から生まれる『冷たいお金』を、しっかり積み上げることができている。それなのに、お金を使うたびに、なぜか胸の奥に違和感が生まれる。この違和感の正体こそが、鍵を握ります。
念のため、決して『冷たいお金』が悪いわけではありません。『冷たいお金』は「信用」から生まれ、暮らしを守ってくれる大切な『土台』です。タイプCの方が積み上げてきたその堅実さは、まぎれもない財産なのです。ただ、土台だけでは何かが物足りない。なぜなら、「信頼」から生まれる『温かいお金』、いわゆる『信頼残高』が巡っていないと、胸中の観察者が首を縦に振ってくれないからです。
先ほどお話しした『胸中の公平な観察者』の視点を、もう一度見てみましょう。世間にも咎められていないし、数字の管理もきっちりできている。それなのに違和感が残るのは、あなたのなかの観察者が、「そのお金の使い方は、数字としての『冷たいお金』を積み上げるだけで終わっていませんか?」「何か大切なものを忘れてしまってはいませんか?」と、問いかけているからです。
数値化できない『信頼残高』に温度が乗っていないと、観察者は納得してくれません。つまり、もっと人と関わることにお金を使えないか、人に喜んで貰うためにお金を使えないか、と考えてみる。こうした人への意識を持つことで、違和感は解消へと向かっていくのです。
タイプD『胸中の観察者×温かいお金』〜『お金に感謝』が効く理由を”共感”で理屈立てる
タイプDは、この4タイプのなかで、最も自然にお金が循環している方だと言えます。数字の管理も堅実にしつつ、『信頼残高』を積み上げる温かい使い方もできている。そして何より、支払うときに、お金そのものに「ありがとう」の意識を乗せて使えている方が多いのが特徴です。
「お金に感謝する」と言われると、スピリチュアルな話に聞こえるかもしれません。ですが、アダム・スミスの『共感』の考え方で見ていくと、これは驚くほど理にかなった行為だと分かるのです。
スミスは、相手の立場に自分を置いて、感情を感じ、そのうえで『是認』するか『否認』するかを判断する営みを『共感』と呼びました。つまり、「お金に感謝する」というのは、実はお金の立場に自分を置いて、その働きを『是認』する行為なのです。「あなたのおかげで、私は今日、楽しい時間を過ごすことができました。ありがとう!」。そう言葉にした瞬間に、あなたのなかの『胸中の公平な観察者』もまた、その行為を是認してくれます。心のなかの裁判が、あなたと、お金と、観察者の三者そろって「これでいい」に揃った状態になる。だから、感謝と共に手放したお金からは、罪悪感が湧きにくいのです。
もっと言えば、感謝を届けた相手(人でも、お金でも、モノでも)は、あなたに『信頼残高』を返してきてくれます。私の見てきた範囲でも、自分の存在を『是認』してくれた相手のことを、人はなかなか忘れないもの。タイプDの方は、自分のなかの『胸中の公平な観察者』の声を聞きながら『温かいお金』を使えている——他人の目軸と温度軸、その両方が調っているからこそ、この回路が自然に出来上がっているのです。だから、お金の循環もスムーズになります。人とのご縁を通じてお金が巡る流れのなかに身を置いて、巡ったお金がまた誰かの喜びに変わり、その温かさが再び自分の元へと戻ってくる。必死にお金を稼ごうと数字を追いかけずとも、人を介してお金が自然と巡っていく。これがお金モテ®の本質でもあるのです。
1,000万円を溶かして掴んだ『温かいお金の使い方』〜罪悪感が”信頼残高”に変わる瞬間
「稼いでしまえば、罪悪感なんて関係ない」。そう信じて疑わなかった昔の私は、株とFXの短期トレードにのめり込みました。結果、1,000万円超を溶かしてしまうことに。お金モテ®の考え方で言えば、これはまさに”事故投資”の典型例です。自分のためにと投じたはずのお金が、何ひとつ結果が得られないまま、手元から泡のように消えてしまった、あの絶望感。
どん底で私が気づいたのは、変えるべきなのは”稼ぐ量”ではなく、自分自身の『あり方』のほうだったということ。そこから、稼ぎ方や貯め方、儲け方よりも、お金の使い方のほうを少しずつ意識して変えていきました。具体的には”必要経費”としてイヤイヤ支払うお金の割合を減らしながら、自分の体温が上がる感覚になれる『自己満足』領域へと、小さくシフトしていったのです。この段階では、いくら使うかという金額の大小は、関係ありません。大切なのは「この一回の支払いで、自分のエネルギーが上がる(温まる)感覚があるかどうか?」という問いかけにYesと言えることに優先的にお金を使っていったのです。
すると、不思議なことが起きたのです。同じ金額を使っているはずなのに、支払い後に湧いてくる感情が、いつしか罪悪感よりも感謝のほうが多くなっていったのです。そうして感謝と共に手放したお金は、知らず知らずのうちに『信頼残高』になっていって、チャンスやご縁、紹介といった形で戻ってきてくれるようになったのです。罪悪感が消えたというよりも、お金の使い方を変えた結果、罪悪感は『信頼残高』へと姿を変えていった。これが、私が経験した、お金の本質なのです。

罪悪感は敵ではなく、あなたの中にいる『公平な観察者』からの手紙
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。最後に一度だけ、大事なことをお伝えさせてください。お金を使う罪悪感は、あなたを苦しめるために湧いているのではありません。それは、あなたのなかにいる『胸中の公平な観察者』から、あなたへのお手紙なのです。
さきほどの4タイプを、もう一度思い出してみてください。タイプAなら「それは本当に自分の声?」と問い直すこと。タイプBなら、外部からの承認ではなく自分の温度感で選び直すこと。タイプCなら、人のために、を意識すること。タイプDなら、そのお金の循環を維持し続けること。どのタイプであっても行き着く先は同じです。他人の目という外側のものさしを、胸中の観察者という内側のものさしに架け替えていくこと。そしてなにより、その自分自信の感覚を信じることなのです。
手紙の差出人は、世間ではなく、あなた自身です。その内容を読み解けたときにはじめて、罪悪感は敵から味方へと立場を変えていきます。「そのお金の使い方で、あなたの体温は上がっていますか?」観察者からのその問いに、「はい」と答えられる使い方をしていくことで、少しずつお金との良好な関係を築いていくことができるのです。
私は独立して10年以上、お金の『あり方』の探求を続けてきました。そのなかで、繰り返し感じてきたことがあります。数字としてのお金を追いかけようとすればするほど、お金はするりと指の間をすり抜けていってしまうものだということ。でも、あり方に意識を向けて、調える習慣のある人のもとには、人を通じて、お金が巡ってきてくれるようになるのです。
罪悪感を”敵”だと思って戦おうとするのではなくて、お手紙だと思って読み解いてみてください。その小さな一歩から、あなたの目に映るお金の景色は、確実に変わりはじめるのですから。ぜひ、お金を支払う瞬間に「今、自分の体温は上がっているかな?」と、問いかけてみるところから、はじめてみてください。その先にこそ、罪悪感が感謝へと姿を変えた、新しいお金の世界が待っていますので。
あなたの罪悪感は、4タイプのどこから来ている?
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