天空の城ラピュタと本質貧乏な人の共通点

目で見て手で触れることのできる
物質的なものよりも目に見えない世界が好きで

論理よりも感覚で生きる傾向があって

健康にもかなり気を遣っていて

情報や人に対してもホンモノを求めていて

新しい知識や経験を取り入れる意欲が
とっても高いのにも関わらず
お金の面で一向に満たされる気配がない。

それが『本質貧乏』。

本質貧乏な人は

「潜在意識」「無意識」「波動」
「宇宙の法則」「引き寄せ」「ミラクル」
「幸せ」「愛」「ワクワク」「キラキラ」
「自分らしさ」「オンリーワン」
「シンクロ」「セレンディピティ」・・・

といった言葉を好む傾向にあります。

その共通点は、

どの言葉もなんとなく耳心地のいい
雰囲気を持っているけれど

一方で、その言葉の意味を
分かりやすく他の人に説明しようとすると
ちょっと難しく感じてしまうような

そんな

抽象度の高い言葉

だという点にあります。

本質貧乏の人が

学ぶ意欲が旺盛で

目に見えない世界を理解しようと努めていて

抽象度の高い思考が得意で

そうしたスキルを活かして
現状をなんとか変えようと
しているにもかかわらず

経済的に困窮し続ける落とし穴は
まさにここにあります。

知的好奇心が旺盛で、不思議なこと、

面白いこと、ユニークなことが大好き

だからこそ、みるみるうちに
積み上がっていく知識と経験。

その結果、

「自分は他の人よりも物事が分かっている」

「自分は抽象度の高い人間だ」

「自分は小難しいことをよく知っている人間だ」

という意識が芽生え、いつしか

「自分はあいつらとは違う特別な人間だ」

「自分は上、あいつらは下」

といった、一種の傲慢にも似た意識に
いとも簡単に囚われてしまいやすいのです。

そうした意識に取り込まれ
言葉遊びに安住してしまった瞬間

知識を自分の書棚に並べて
それを眺めて悦に入るような
残念な”自己満人間”が出来上がるのです。

”自己満人間”になってしまうと
ふわふわとした抽象度の高い世界から

地に足のついた現実世界へと
はしごを降ろすのを辞めてしまい

残念なことに、むしろ積極的に
はしごを外すようになっていきます。

「自分は分かっている」

「自分は意識が高い」

「自分は特別だ」

と思い込んだ瞬間に”分離意識”が芽生え

その”分離意識”がこちら側とあちら側の
世界の交流を遮断しまうからです。

意識の高い、抽象度の高い、あいつらよりも上のこちら側

意識が低い、抽象度の低い、自分たちよりも下のあちら側

その”分離意識”が自然界の本質である

『循環』

の流れを止めてしまい、結果
お金の流れも止めてしまうのです。

私たちが生きている
この地球を見れば

太陽光が海水を温め

海水が蒸発して雲になり

雲が雨を降らせ

雨が山を伝って川の流れを生み出し

川の流れはやがて海に辿り着き

その海水は再び太陽光によって温められ・・・

といった循環を繰り返すことで
成り立っていることが分かります。

私たちの身体も地球と同じように

日々、飲み、食べながら
それと同時に排泄していますし

生命を維持するために
息を吐いては吸って、吐いては吸っての
呼吸という名の循環を常に繰り返しています。

それが、私たちが生きているこの世界の
メカニズム、仕組み、ルールであり

循環し続けることこそが
この世界の本質なのです。

にも関わらず、抽象度の高い言葉を知って
ちょっと分かった気になった瞬間に

いとも簡単に”分離意識”に取り込まれ

情報の流れを止め、人との出会いを止めることで

お金が循環する流れをも自ら止めてしまい
結果的に、経済的に窮していくのです。

まさに自分で自分の首を絞めている
行為そのものであるにも関わらず

「意識の高い自分が金銭的に認められないのはおかしい!」

「抽象度の高い自分はもっと評価されてしかるべきだ!!」

「どうしてあんな薄っぺらい奴がお金を持ってるんだ!!!」

と逆恨みしたり、環境のせいにしてしまうのです。

こんな風に自分が勝手に生み出した
”分離意識”が原因で

自然界の本質である
循環の流れを止めてしまい
自滅の道を歩んでしまう様子は

宮崎駿監督のアニメ
『天空の城ラピュタ』に出てくる
ラピュタそっくりだと言えます。

ヒロインのシータが

「どんなに恐ろしい武器を持っても、
たくさんのかわいそうなロボットを操っても、
土から離れては生きられないのよ。」

とラピュタ王のムスカに言い切ったのと同じように

「どんなにマニアックな知識を持っても、
たくさんの耳心地のいい言葉を操っても、
現実世界から分離しては生きられないのよ。」

ということなのですから。

抽象度の高い思考が
できるようになったのであれば

その思考から得た気づきを
できるだけ抽象度を下げた具体的な言葉で
現実世界に届けようと努力すること。

一般的には分かりづらく
理解しずらい抽象度の高い世界への
理解が進んだのであれば

それをできるだけ分かりやすく
できるだけイメージしやすく

現実世界に生きている人に
届ける工夫をすること。

現実世界との”分離意識”ではなく
むしろ現実世界との『一体感』を持って
循環を生み出そうとする姿勢を貫くこと。

そうすることで、はじめて

この世界の本質である循環が生まれ

循環が生まれた結果、情報が必要な人に届き

その情報が人との出会いを生み出し

人との出会いがお金の流れを生み出すのですから。

ラピュタのように地上を離れ
現実世界を俯瞰する客観的な
視点を持つことが

よりよい人生を実現するために
極めて有効な手段であるということは
私の経験上からも間違いないと断言できます。

ただ、そうした抽象度の高い視点が
人生において現実的な効果を発揮するためには

地上を離れたとしても、その後
必ず地上に戻ってくることが
『絶対条件』なのです。

現実世界という名の地上を離れたまま
ふわふわとした天空のお花畑で
言葉遊びをし続けていれば、時間の問題で
自滅したラピュタの二の舞です。

本質貧乏から抜け出すための絶対条件は
現実世界との接点を常に持ち続けること。

どんなにマニアックな知識を持っても、
たくさんの耳心地のいい言葉を操っても、
現実世界から分離しては生きられないのですから。

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